@article{oai:yamanashi.repo.nii.ac.jp:00000646, author = {奥村, 圭子}, journal = {言葉の学び、文化の交流 : 山梨大学留学生センター研究紀要, Language learning and cultural exchanges : journal of the International Student Center, University of Yamanashi}, month = {Mar}, note = {本稿では、多文化教育の意義と実践の可能性を探るため、第二次世界大戦後のイギリスにおけるエスニック・マイノリティーに対する教育的対応の推移と実践的な諸問題を分析し、考察した。今日のイギリスでは、現人口の約&7 %を非白人またはエスニック・マイノリティーが占めている。戦後のイギリス国内、及びイギリスを車由とする国際状況には目まぐるしい変遷があった。その間、さまざまな文化的、宗教的な背景をもつ子どもたちの学校教育に対しても、政治、経済、そして社会的な状況の変化に応じた各種の教育政策がとられてきた。1960 年代半1 勤""ら、イギリスへの同化を目標として、外国語としての英語教育が盛んに行われたが、次第に彼らのアイデンティティーを認め、文化的背景を学ぶ学習を奨励する統合政策がとられるようになった。しかし、子どもたちは依然としてイギリスに同化できず、社会的・経済的に不利な立場におかれていたため、その批判と反省から生まれてきたのカ移文化教育である。また、イギリス社会における反人種差別教育も提唱された。現行の学校教育課程では、これらの教育理念を総合的にとり入れて、エスニック・マイノリティーの子どもたちの機会均等を保障するとともに、自らの文化を学ぶことを制度として認めている。さらに、カリキュラムの中で多文化理解の教育と地域コミュニティーをも含めた学校風土作りも重視している。ここでは、イギリスの先例を検証し、これらがわが国の現状に合った多文化教育政策とその実践への一助となることを期待する。}, pages = {3--16}, title = {イギリスにおけるエスニック・マイノリティーと多文化教育の変遷}, volume = {2}, year = {2007} }